追悼:渡 哲也氏

  • 2020.08.14 Friday
  • 06:38

◯【TV】金曜ドラマ「MIU404」 第7話(TBS)

 

◯【TV】第70回 NHK杯テレビ将棋トーナメント 1回戦第15局(Eテレ)

 

◯【映画】七つの会議 ★★★★

 

◯【海外TV】刑事コロンボ「ロンドンの傘」(NHKBSプレミアム)

 

◯【ニュース】8月10日、渡哲也さんが肺炎で亡くなった。
昔、池袋にある文芸坐地下という映画館では、東映の任侠映画などをオールナイトで上映し、熱心なファンからスクリーンに声がかかるというのが話題になっていた。
一度見てみたいと行ったことがある。空港を降りてそのまま劇場に入り、一晩を過ごす。その時やっていたのが渡哲也の無頼シリーズで、渡哲也にも、クレジットに名前が出たり、彼が登場すると「ヨシッ!」と声がかかる。
みんな何度も見て覚えているので、彼が登場するのを待ち構えていて、出ると同時に声をかけないといけない。ワタシはそこまでのファンではないので、感激して見ていた記憶がある。
渡哲也にはこの頃のチンピラの兄貴のイメージが強い。振り回すのは短いドスで、長ドスのイメージがない。「東京流れ者」の曲も好きだった。
♪風はひとりで吹いている/月もひとりで照っている/俺はひとりで流れ者/明日の墓場はわからない/ああ東京流れ者
当時のワタシの心情にマッチしていた。
その後東映の映画にも出るようになって、《仁義の墓場》は彼の代表作だと思う。背中を丸めて前のめりの姿勢で実在する狂暴やくざ石川力夫を演じきっていた。大好きな作品で、昨年見直したばかりだ。
趣味は焚き火とよく言っていた。派手な芸能界よりものんびりと一人を愛する生真面目なイメージがある人だった。なのでドラマで言うと「西部警察」「大都会」あたりが有名なんだろうけど、女物の着物を着て自分のことをあちきと呼ぶ「浮浪雲」のほうが彼らしいと思った。
葬儀は身内だけで行い、追悼会などは行わないというのが希望だったそうで、それも彼らしい。
直腸がんなど晩年は闘病生活の人生だった。
石原裕次郎に心酔していて、彼が亡くなった時、自分に一緒に死にたいと涙ぐんでいた。
今石原裕次郎との再会が果たせて喜んでいるのではないだろうか。
ご冥福をお祈りします。

追悼:大林宣彦さん、ケニー・ロジャースさん、日下部五朗さん

  • 2020.04.18 Saturday
  • 05:48

◆映画監督の大林宣彦さん死去、82歳…「時をかける少女」「転校生」 : エンタメ・文化 : ニュース : 読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/culture/20200411-OYT1T50020/

長くCMディレクターをしていて、1977年の《HOUSE》で、商業映画を初監督しているので、もう最初から大ブレイクだった。7人の少女が"家"に食べられてしまうという、まさに人を食った話で、おもちゃ箱をひっくり返したような特撮オンパレードでとにかく楽しかった。すごい監督が出てきたと思ったのを覚えいる。

その後、一転して尾道三部作といった地味な作品でも上質な作品をつくって、オールラウンドな人気監督になった。彼が作った作品というと見に行っていた。映像の魔術師といったイメージでした。

晩年は、末期のガンが見つかり、余命三ヶ月と宣告されながら《花筐/HANAGATAMI》の撮影に入って、命尽きるのと撮り終えるのとどちらが先かというような壮絶な現場だった。鬼気迫るものがあった。

◆米カントリー歌手ケニー・ロジャースさん死去…「ルシール」などでグラミー賞 : エンタメ・文化 : ニュース : 読売新聞オンライン https://www.yomiuri.co.jp/culture/20200321-OYT1T50216/

WOWOWで「生中継!福山雅治 30th ANNIVERSARY KICK-OFF STUDIO LIVE『序』」を見ていたら、ケニー・ロジャースの名前が出てきた。

無観客でのコンサートだったので、観客の手応えを感じるためにツィッターのワードランキングを頻繁に紹介していて、日本では一位、世界で三位だった。一位がケニー・ロジャースで、二位がカニエ・ウェストだったのだ。コンサートの日が、ケニー・ロジャーズが亡くなった翌日で訃報が知らされた日だった。

「カニエ・ウェストは分るけど、ケニー・ロジャースって誰?」というのが福山雅治の反応だった。
そっかぁ、福山雅治でもケニー・ロジャースは知らないんだと思った。

アメリカというと、音楽ではフランク・シナトラのようなジャズ、そしてロック、最近ではヒップホップというイメージがあるが、幅広く浸透して強いのはカントリー・ミュージックなんだそうだ。日本で言うと演歌というところだが、支持層広がりが違う。

ケニー・ロジャーズはその大御所で、国民的歌手だった。
バラードのしっとりした歌声、テンポのある曲でのノリの良さに魅了される。また追悼で聞いてみなくては。

◆東映プロデューサー日下部五朗が85歳で死去、「仁義なき戦い」など手がける - 映画ナタリー https://natalie.mu/eiga/film/115178

東映の映画で、冒頭赤く毒々しい文字でスタッフ紹介される時に最初に出てくるのがこの人だった。彼なくしては《仁義なき戦い》はなかった。時代劇からスタートして、任侠映画、実録路線、《極妻》も彼がプロデュースしたものだった。

数年前「シネマの極道映画プロデューサー一代」という彼の著作を読んで、ワタシは彼が作ってきた映画を、彼の導くままに忠実に見てきていたことが分った。

追悼の意味で、先月は《仁義なき戦い》を完結編まで続けて見た。ギャング抗争映画でこれ以上のものはないと改めて思った。


皆さんのご冥福をお祈りします。

追悼:志村けん さん

  • 2020.04.13 Monday
  • 07:17

◆志村さん21日麻酔で睡眠「それから意識なかった」 - おくやみ : 日刊スポーツ https://www.nikkansports.com/entertainment/news/202003300000791.html

やはり「8時だョ!全員集合」は毎週見てましたね。土曜日のゴールデンタイムにライブの舞台中継でやるコントというのがすごかった。そんなこと今では考えられませんね。付き人だった志村けんの成長、成功物語でもあった。

解散してからの「志村けんのだいじょうぶだぁ」、「志村けんのバカ殿様」はスタジオ製作で、「8時だョ!全員集合」の持つ熱がなかったので見なくなった。
でも、この芸を代わりにできる人はいないし、コメディアンが自分の芸で2時間番組を打てることも、まずないだろうと思い、意識して見るようになった。

そんな中で「となりのシムラ」(NHK総合)はおじさんの悲哀をうまく表現していて好きだった。
コーヒーショップでブレンドのコーヒーを飲みたいだけなのに、店員は、理解できないカタカナ語を羅列するのでなかなか普通のコーヒーが飲めないといったおじさんあるあるコント集だった。

志村けんは「変なおじさん」のような突飛なキャラクターが個性かと思っていたが、普通のおじさんを演じてもおかしい。しかもペーソスが漂う。これは発見でしたね。

以前「SWITCHインタビュー 達人達」で、Perfumeと話をしていて、素の自分はシャイで平凡な男で、それが被り物をすると一変する。作りこんでいくコントが好きで、街で気になるキャラがいると後をつけることがあると語っていた。笑いに対して貪欲な人だった。

笑いを離れると、ブラックミュージックに造詣が深く、レコード評も書いていた。ラジオに出ると聞くようにして、推薦しているアルバムをメモして聴いたりしていた。

ヒゲダンスの曲は、テディ・ペンダーグラスの「Do Me」の伴奏を持ってきたものと知られている。こんなアルバムの中の曲の1フレーズから大ヒットにつなげるなんてのも志村けんならではだった。

「ドリフの早口ことば」は、ウィルソン・ピケットの「Don’t Knock My Love」のパクリ(じゃなかった引用)だった。

※参考
Diana Ross, Marvin Gaye - Don't Knock My Love (Audio) - YouTube https://www.youtube.com/watch?time_continue=15&v=Qd1XG2xPlnw&feature=emb_logo

「いっちょめ、いっちょめ、ワーオ!」のフレーズはジェームス・ブラウンのシャウトだった。彼のファンキーな芸風はブラックミュージックをベースにしているというのも新鮮だった。

今度、山田洋次監督で、初の主演映画をとる予定だったのとのことで、「となりのシムラ」路線ではなかったかと思うにつけ残念だ。

ご冥福をお祈りします。
 

追悼:梓みちよさん、宍戸錠さん、坪内祐三さん

  • 2020.02.11 Tuesday
  • 08:44

◆歌手の梓みちよさん死去 76歳 「こんにちは赤ちゃん」「二人でお酒を」 https://mainichi.jp/articles/20200203/k00/00m/040/220000c

76歳は若いですね。
こうした訃報に接すると、亡くなった年から自分の年を引き算して、ワタシだと後10年かぁ、ヤバイなぁ、イヤ、亡くなったのが早すぎるんだという結論にすがりつくところがある。

梓みちよさんの歌では、「小心者」がとても好きだ。

お互い小心者という共通点で好きになる二人。
1番は
♪だけどもう偽るのはやめなさい あなたはもう小心者じゃないわ

となんだか尻切れトンボで終わってしまう。

そして2番が終わって、捨て台詞が炸裂する。

♪だって私を疲れ切った私を捨てる勇気があったじゃないの
♪だって私を疲れ切った私を捨てる勇気があったじゃないの
・・・
この部分がいわばサビなんだけど、謎解きのように最後まで歌わないところがうまい。
カラオケで歌うと気持ちいいです。

【YouTube】
小心者/梓みちよ - https://www.youtube.com/watch?v=tueBpzWJKRA

◆俳優・宍戸錠さん死去 86歳 “エースのジョー”で親しまれ...https://www.fnn.jp/posts/00430715CX/202001211708_CX_CX

高校の頃、16時台だったと思うが、テレビで日活の渡り鳥シリーズなどをずっとやっていた。それが見たくて学校が終わると早足で帰っていた。

先生が、HRがすんで、教室の外に出て、言い忘れたことがあったとクラスに戻ったら、もうワタシはいなかったと、次の日に言われたことがある。
「そりゃあ、渡り鳥シリーズがありますから」
なんて言えないので黙ってましたが。

日活アクション映画は、小林旭がメインなんだが、まっとうなヒーローの小林旭より、やたらにキザだったり、コミカルだったりと、デフォルメをきかせた役作りの宍戸錠が好きだった。現場でもいろんなアイデアを出す方だそうで、映画好きが伝わってくる方だった。

◆坪内祐三さん享年61 “自らを掘り下げて”逝く(デイリー新潮) https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200118-00603496-shincho-soci

雑誌のコラムでよく拝見している方なので、訃報にびっくりする。
「サンデー毎日」で高崎俊夫さんが、『この人はずっと長生きをして、たとえばかつての山本夏彦な山口瞳のような辛辣なコラムニスト、今の時代であれば小林信彦のような<鋭い時代観察者>であり続けるだろうと漠然と思っていた。』と書かれていて全くそうだと思った。

今、「本の雑誌」の1月号を暇な時に読んでいるが、ここでも「坪内祐三の読書日記」の連載を持っている。

出版関係に詳しく、文学、古書のイメージが強く、現代版植草甚一と思って読んでいた。
90歳くらいまで生きて、文學界のご意見番になる方というイメージだったのに61歳ですからね。あまりに若い。ワタシの年から引き算するとマイナスになってしまう。


皆さんのご冥福をお祈りします。

今年を振り返って:墓碑銘

  • 2019.12.30 Monday
  • 05:18

今年もたくさんの著名人の方が亡くなりました。その中で心の縁故者だったなぁと思う方たち。


△萩原健一 68歳 3月26日 歌手 俳優 ザ・テンプターズ
    《青春の蹉跌》
△和田 誠 83歳 10月07日 イラストレーター エッセイススト
    「お楽しみはこれからだ」(キネ旬連載)
△橋本 治 70歳 1月29日 小説家 評論家 随筆家
    「桃尻娘」
△降旗康男 84歳 5月20日 映画監督
     《冬の華》
△梅宮辰夫 81歳 12月12日 俳優
      《不良番長シリーズ》
△八千草薫 88歳 10月24日 女優 元宝塚歌劇団メンバー
      「岸辺のアルバム」
△池内 紀 78歳 8月30日 ドイツ文学者 エッセイスト
      「すごいトシヨリBOOK」
△白石冬美 82歳 3月26日 女優 声優 ナレーター ラジオパーソナリティ
      「パック・イン・ミュージック」
△田辺聖子 91歳 6月06日 作家
      「かもかのおっちゃん」
△ジャニー喜多川 87歳 07月09日 ジャニーズ事務所社長
       「ジャニーズ事務所」

それぞれに印象に残ってる作品などを書いてみました。

◆萩原健一さんは、テンプターズも好きでしたが、役者時代の印象が深い。普通のセリフにアドリブ的なものを小声でちょっと入れるようなスタイル。当時は原田芳雄、松田優作にもそういうところがあって、とても好きでした。今の役者さんでそうしたことをする人はいませんね。

享年68歳はちょっと衝撃的な若さでした。もう少しでワタシが届くからでもありますが。

◆和田 誠さんは、村上春樹さんや三谷幸喜さんなど、ワタシが目にする本や雑誌の多くにイラストを書いてました。クセのない丸いタッチは、際立って目立つ線でもなのいに、和田 誠のものだと分かる特別なものでした。ハートウォーミングなところがよかった。

昔、キネマ旬報に「お楽しみはこれからだ」という、映画の名セリフを集めたコラムを書かれていて、イラストのみならず、映画通で、映画を、細かいところまで愛情深く、鋭い洞察力でご覧になっていることが伝わってきて好きなコラムでした。

◆橋本 治さんは、東大在籍時代に「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男東大どこへ行く」というコピーが有名になって、当時、東映のヤクザ映画に夢中になっていたワタシはいっぺんに好きになってしまいました。

すぐに「桃尻娘」が出て、これも面白かった。

オピニオンリーダー的存在で、70歳で亡くなったのは若すぎる。これからも教えを請いたい方でした。


と、書いていくとキリがないので、このへんで。

ご冥福をお祈りします。

追悼:萩原健一さん

  • 2019.04.06 Saturday
  • 09:04

萩原健一さんというとまずはテンプターズで、哀切あふれる歌い上げる曲が多くて、好きだった。

その後、映画俳優としての才能を見せたのが、1972年、岸恵子の恋人役を演じた「約束」だった。ワクワクして映画館にいたのをまだ覚えている。
これも良かったが、その後、1974年の「青春の蹉跌」の印象が強烈だった。感激して2回見に行った。

♪えんやとっと、えんやとっと、まつしまぁの というつぶやくような歌声がドラマの内容とは無関係に挿入される といった、ユニークなとこがいろいろあった映画だった。

萩原健一の演技スタイルの一つに、約から距離を置いて、演じることを楽しんでいる、というか遊んでるところがあって、それが魅力的だった。セリフの最後にボソッとアドリブ的なことを言ったりする。

ドラマ「傷だらけの天使」の冒頭のただ食べてるだけなんてシーンがカッコいいのも彼ならではだった。こういうちょっとふざけた感じでも白けないのは萩原健一のセンスの良さなんだろう。

これは原田芳雄、松田優作と共通するところだが、今の役者さんにはないスタイルだ。

後年、「青春の蹉跌」を見返したら自己満足なだけの作品にしか思えなかった。時代とか個人的な思い入れがあって成立していたのかもしれない。

事件を起こした関係かあまり表に出なくなったが、昨年はテレビに出るようになった。インタビュー番組に出ていて、お遍路をしてよかったとか、モロジブの環境問題の活動をしているとか、シナリオを書いてるといった話でスクリーンに復帰することになるのかもと思ったが、その時からすでに闘病生活に入っていたんですね。

68歳はやはり若すぎる。

ご冥福をお祈りします。

今年の墓碑銘

  • 2018.12.27 Thursday
  • 11:31

今年もたくさんの人が亡くなった。その中で心の縁故者だったなぁと思う人たち。


◆さくらももこ 53歳 8月15日

◆樹木希林 75歳 9月15日

◆高畑 勲 82歳 4月5日

◆岸井成格 72歳 5月15日

◆西城秀樹 63歳 5月16日

◆大杉 漣 66歳 2月21日

◆川地民夫 79歳 2月10日

◆橋本 忍 100歳 7月19日

◆桂 歌丸 81歳 7月2日

◆井上堯之 77歳 5月2日

さくらももこさんは、ちびまる子もさることながらエッセイを愛読していたので亡くなったのはショックでした。しかも53歳で。

樹木希林さんも、昔の「時間ですよ」から最近のおばあちゃん役まで馴染みの人でした。

高畑 勲さんは、《かぐや姫の物語》の旺盛な創作力に感嘆したばかり。この人は不死身ではないかと思ってました。

ご冥福をお祈りします。

追悼 樹木希林

  • 2018.09.18 Tuesday
  • 06:40

樹木希林さんが75歳で亡くなりました。

 

今年になって《海よりもまだ深く》《あん》と見たが彼女の演技に圧倒された。彼女なしには映画自体が存在しない作品だった。
善良な役も悪女もともにできてしまう。

 

樹木希林というと、ワタシたち世代には「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」「ムー一族」でいわゆるお茶の間に人気ものだった。昔は悠木千帆だった。

 

コントのセンスが抜群で堺正章、浅田美代子、西城秀樹、郷ひろみ、岸本加世子などとの掛け合いが面白く、毎週楽しみに見ていた。

「水曜劇場 時間ですよ」は浜さんという役だった。銭湯の雑用係で毎週、女性週刊誌を買い、芸能人のスキャンダルだけが楽しみという落ちこぼれのおばさんで、時に意地悪や嫉妬や差別の毒を吐き嫌われる。いかにもいそうな血が通ったキャラクターで共感を覚えていた。浜さんって今でも心の中に住んでるんじゃないかと思うときがある。

 

がんが発見されて「全身がん」ですと発表しても涼しい顔で活躍していて、がんをも克服できる人なんじゃないかと思っていたので、がん患者にとっては希望の星だったのではないかと思うが、75歳はやはり若いですね。

 

以前、「クローズアップ現代「がんを“生き切る”〜残された時間 どう選択〜」」の中で、平気で全身ガンなどと言っているけど、落ち込むことはあって、『その時にはムリに笑うことにしている。昔の井戸のように最初は空気しかあがってこないけどそのうち水が出てくるように元気が出てくる。』と言っていた。やはりそこまでしないと元気もでないわけだと思った。

 

圧倒的な演技力と、トーク番組での含蓄のある話、名前をオークションに出したり、内田裕也との結婚、離婚の繰り返すなどのパフォーマンスとスーパーウーマンの存在感がありつつ最下層の庶民性も併せ持った女性でした。

 

ご冥福をお祈りします。

追悼 西城秀樹さん

  • 2018.05.17 Thursday
  • 04:58

 毎日新聞社特別編集委員 岸井成格さんが73歳で亡くなった。

「サンデーモーニング」に毎週出ていたのが、体調を崩して出なくなって、しばらくして出たときは帽子を被っていて、ガンなんだと思った。また出なくなっての訃報だった。肺腺がんだったそうだ。コメントの質はイマイチだったけど、愛嬌がありましたね。

73歳って若い。ワタシとは9歳違うことになるが、9歳くらいはすぐだなぁと思ってたら、西城秀樹さんが63歳で亡くなった。ワタシより一つ下ではないか。

 

少しショッキングな喪失感があって、それは西城秀樹さんが若さのシンボルみたいなところがあったからだろうと思う。なにせ「ヤングマン」なのだから。若い時、夏の海に行って、西城秀樹さんの曲がかかっていて、なんて似合うのだろうと思った記憶がある。喪失しているのは、ワタシの中にある若さでもあるんだろう。残酷に人は年とっていくのだという当たり前のような現実を改めてつきつけてくるところがある。

 

まだアイドルとして進化すると言ってる郷ひろみ、アイドルからは外れてマルチプレイヤーとして活躍している野口五郎。

あの時の新御三家がこうした顛末を迎えていることの感慨というのもありますね。

 

西城秀樹さんのアルバムって持ってないけど、一枚くらい追悼の意味が聞いてみてもいいと思う。歌のうまい人だった。

 

ご冥福をお祈りします。

 

追悼、川地民夫さん

  • 2018.02.13 Tuesday
  • 05:46

川地民夫さん、脳梗塞で79歳亡くなった。

 

川地民夫さんと言えば《まむしの兄弟》。血の気の多い菅原文太を兄と従う気のいいチンピラを演じていた。気のいいチンピラを演じさせたら川地民夫と川谷拓三が双璧だった。悪役もこなせて東映ヤクザ映画では欠かせないバイプレーヤーだった。

 

《まむしの兄弟》は7本製作されている。当時は二本立てが普通で、《まむしの兄弟》を目的に見ることはなかったが、高倉健の映画を見て、その後に《まむしの兄弟》が始まるととても得した気分になったのを思い出す。併映作品だから許される内容というのがあるように思う。予算は少ないが、内容は自由で冒険することもできた。製作側の都合もあるのだろうけど、見る方もそんなに長い時間映画につきあってられないという事情もあるのかもしれない。昔は席もかってに替わってのんびり映画館で過ごしていた。いい時代でした。

 

東映のやくざ映画は見逃したものを見るようにしているので昔の作品を見ることが多い。見ながらたいがいの人が鬼籍に入っていることに寂しい思いをする。川地民夫さんも亡くなって、また一人増えて、勘弁してほしいなと思うのでした。

 

ご冥福をお祈りします。

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