追悼 樹木希林

  • 2018.09.18 Tuesday
  • 06:40

樹木希林さんが75歳で亡くなりました。

 

今年になって《海よりもまだ深く》《あん》と見たが彼女の演技に圧倒された。彼女なしには映画自体が存在しない作品だった。
善良な役も悪女もともにできてしまう。

 

樹木希林というと、ワタシたち世代には「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」「ムー一族」でいわゆるお茶の間に人気ものだった。昔は悠木千帆だった。

 

コントのセンスが抜群で堺正章、浅田美代子、西城秀樹、郷ひろみ、岸本加世子などとの掛け合いが面白く、毎週楽しみに見ていた。

「水曜劇場 時間ですよ」は浜さんという役だった。銭湯の雑用係で毎週、女性週刊誌を買い、芸能人のスキャンダルだけが楽しみという落ちこぼれのおばさんで、時に意地悪や嫉妬や差別の毒を吐き嫌われる。いかにもいそうな血が通ったキャラクターで共感を覚えていた。浜さんって今でも心の中に住んでるんじゃないかと思うときがある。

 

がんが発見されて「全身がん」ですと発表しても涼しい顔で活躍していて、がんをも克服できる人なんじゃないかと思っていたので、がん患者にとっては希望の星だったのではないかと思うが、75歳はやはり若いですね。

 

以前、「クローズアップ現代「がんを“生き切る”〜残された時間 どう選択〜」」の中で、平気で全身ガンなどと言っているけど、落ち込むことはあって、『その時にはムリに笑うことにしている。昔の井戸のように最初は空気しかあがってこないけどそのうち水が出てくるように元気が出てくる。』と言っていた。やはりそこまでしないと元気もでないわけだと思った。

 

圧倒的な演技力と、トーク番組での含蓄のある話、名前をオークションに出したり、内田裕也との結婚、離婚の繰り返すなどのパフォーマンスとスーパーウーマンの存在感がありつつ最下層の庶民性も併せ持った女性でした。

 

ご冥福をお祈りします。

追悼 西城秀樹さん

  • 2018.05.17 Thursday
  • 04:58

 毎日新聞社特別編集委員 岸井成格さんが73歳で亡くなった。

「サンデーモーニング」に毎週出ていたのが、体調を崩して出なくなって、しばらくして出たときは帽子を被っていて、ガンなんだと思った。また出なくなっての訃報だった。肺腺がんだったそうだ。コメントの質はイマイチだったけど、愛嬌がありましたね。

73歳って若い。ワタシとは9歳違うことになるが、9歳くらいはすぐだなぁと思ってたら、西城秀樹さんが63歳で亡くなった。ワタシより一つ下ではないか。

 

少しショッキングな喪失感があって、それは西城秀樹さんが若さのシンボルみたいなところがあったからだろうと思う。なにせ「ヤングマン」なのだから。若い時、夏の海に行って、西城秀樹さんの曲がかかっていて、なんて似合うのだろうと思った記憶がある。喪失しているのは、ワタシの中にある若さでもあるんだろう。残酷に人は年とっていくのだという当たり前のような現実を改めてつきつけてくるところがある。

 

まだアイドルとして進化すると言ってる郷ひろみ、アイドルからは外れてマルチプレイヤーとして活躍している野口五郎。

あの時の新御三家がこうした顛末を迎えていることの感慨というのもありますね。

 

西城秀樹さんのアルバムって持ってないけど、一枚くらい追悼の意味が聞いてみてもいいと思う。歌のうまい人だった。

 

ご冥福をお祈りします。

 

追悼、川地民夫さん

  • 2018.02.13 Tuesday
  • 05:46

川地民夫さん、脳梗塞で79歳亡くなった。

 

川地民夫さんと言えば《まむしの兄弟》。血の気の多い菅原文太を兄と従う気のいいチンピラを演じていた。気のいいチンピラを演じさせたら川地民夫と川谷拓三が双璧だった。悪役もこなせて東映ヤクザ映画では欠かせないバイプレーヤーだった。

 

《まむしの兄弟》は7本製作されている。当時は二本立てが普通で、《まむしの兄弟》を目的に見ることはなかったが、高倉健の映画を見て、その後に《まむしの兄弟》が始まるととても得した気分になったのを思い出す。併映作品だから許される内容というのがあるように思う。予算は少ないが、内容は自由で冒険することもできた。製作側の都合もあるのだろうけど、見る方もそんなに長い時間映画につきあってられないという事情もあるのかもしれない。昔は席もかってに替わってのんびり映画館で過ごしていた。いい時代でした。

 

東映のやくざ映画は見逃したものを見るようにしているので昔の作品を見ることが多い。見ながらたいがいの人が鬼籍に入っていることに寂しい思いをする。川地民夫さんも亡くなって、また一人増えて、勘弁してほしいなと思うのでした。

 

ご冥福をお祈りします。

墓碑銘2017

  • 2017.12.24 Sunday
  • 05:32

△加川良 69歳 4月5日

 

△渡瀬恒彦 72歳 3月14日

 

△遠藤賢司 70歳 10月25日

 

△松方弘樹 74歳 1月21日

 

△鈴木清順 93歳 2月13日

 

△はしだのりひこ 72歳 12月2日

 

△平尾昌晃 79歳 7月21日

 

△ムッシュかまやつ(かまやつひろし)78歳 3月31日

 

△野際陽子 81歳 6月13日

 

△ジョージ・A・ロメロ 77歳 7月16日

一番最初に買ったアルバムが加川良でしたので、彼の死にはびっくり。コンサートにも2,3回は行っている。

 

♪悲しい時にゃ悲しみなさい 生まれて死ぬまでつきまとうのは悩みというものですよ 
という高校生の時に得た教訓は色褪せることもなく、いまでも心に残る言葉になっている。

 

遠藤賢司、はしだのりひことフォーク歌手が亡くなる時代になってきたんだと思う。

 

東映の任侠映画など見ると、もうほとんどの人が亡くなっている。それに新たに渡瀬恒彦、松方弘樹が加わった。ふたりとも随分たくさんの映画を見て楽しませてもらった。

 

墓碑銘を見るのに死去ネット http://sikyo.net/が便利でした。
 

追悼 遠藤賢司さん

  • 2017.10.26 Thursday
  • 06:18

10月25日、遠藤賢司さんが胃がんで亡くなりました。70歳でした。

「カレーライス」が有名ですが、ささやくようなフォーク調の歌と「それで満足できるかな」のようなロック調の歌と両面を持つ個性で特異な存在でした。傷つきやすく震えてるような少年の心そのもののような歌声でした。

 個人的には「寝図美よこれが太平洋だ」が好きでした。ぶっ飛んでる方では「歓喜の歌」のカバーがすごかった。もう一度CDを聞いてみよう。

 

追悼:柳家喜多八さん

  • 2017.09.14 Thursday
  • 05:33

柳家喜多八が亡くなったことを雑誌に今頃になって知る。去年の5月のことなんですね。

調べると落語研究会119回柳家喜多八「二番煎じ」(BSTBS)を見たのが昨年の5月でした。

「お馴染みの番屋の酒飲み噺。何度も聞いた噺だけど、ぽっとあの光景が現出されるところが落語の魅力。」とメモしてる。

 

病弱ネタで、出てくると体弱いんです。とぼやいていて、やる気のない感じがおかしいキャラクターでした。

それが落語が始まると一転してメリハリのある力のこもった高座となる。本格派ながらシャープな切れ味が現代的で飽きることのない高座でした。もう見られないと思うと残念です。66歳ということで、落語家は60台で死ぬと若いですね。

ご冥福をお祈りします。

 


 

 

追悼:加川良氏

  • 2017.04.04 Tuesday
  • 22:06

・4月5日、急性骨髄性白血病で亡くなった。69歳。

びっくり、69歳とは若い。青春の一角が崩れたような感じだ。

 

最初に買ったレコードアルバムは加川良の「教訓」だった。アルバムが出たのは1971年のことですね。

メッセージ性の強い曲を包容力のある声で語るように歌っていて鷲づかみにされていた。「戦争をしましょう」のようなコミカルな歌もあってそれも好きだった。

 

♪悲しい時にゃ、悲しみなさい 気にすることじゃありません 生まれて死ぬまでつきまとうのは悩みというものなのですよ そうです そうです それが運命でしょう 気にすることじゃ ありません あなたの大事な命にかかわることもあるまいし

 

何度口ずさんだことか。ワタシにとって最大の人生の応援歌だった。

 

「教訓機廚盻々しいと言われてもかまわない、お国のためだと言われて戦争などに参加してはいけないというメッセージで、反権力が明確に歌われている。それは当たり前のことと思っていたが、教育勅語を暗唱させられる時代になって、今だからリアリティをもつ曲なんだと思う。ちっとも古くない。

 

他に「下宿屋」など名曲が多い。改めて聞き直すことにしましょう。

 

ご冥福をお祈りします。

 

 

 

追悼:鈴木清順氏

  • 2017.02.22 Wednesday
  • 23:49

・2月13日、慢性閉塞性肺疾患のため東京都内の病院で亡くなった。93歳。

 

40年くらい前はキネ旬を中心とした邦画礼賛の時代で、その中心の一人が鈴木清順だった。代表作は《けんかえれじい》(1966年)で、ワタシは映画会で見た記憶がある。調べたら22歳の時だ。あまりに神格化された作品でその確認をしたという感じでそう感動はしなかった。障子が倒れると、背景が真っ赤というのは《関東無宿》だったかそうした様式的な映画づくり絶賛されていた。

見た映画は
肉体の門(1964年)
刺青一代(1965年)
東京流れ者(1966年)
悲愁物語(1977年)
ツィゴイネルワイゼン(1980年)
陽炎座(1981年)

くらいかな?
《ツィゴイネルワイゼン》(1980年)は難解な映画で商業ベースに乗らないとかで、東京タワーの下に建造されたドーム型の移動式映画館シネマ・プラセットで上映された。その時東京にいて、その映画館を見たことに感動していた。そこで見たのかどうか記憶は定かではない。

陽炎座(1981年)と確かに難解であまり面白いとは思わなかった。

 

飄々としたキャラクターでテレビにもよく出ていた。役者としても活躍していた。ワタシにとって古き良き時代にいた大切な一人だった。

 

ご冥福をお祈りします。

 

墓碑銘2016

  • 2016.12.30 Friday
  • 21:51

▽大橋巨泉    82才    7月12日

 

▽永六輔        83才 7月2日

 

▽リリィ    64才    11月11日

 

▽蜷川幸雄    80才    5月12日

 

▽デビッド・ボウイ  69才 1月10日       

 

▽ジョージ・マーティン    90才    3月8日

 

▽平幹二朗 82才 10月22日

 

▽キース・エマーソン    71才    3月10日

 

▽大平透    86才   4月12日

 

▽はかま満緒    78才    2月16日

追悼 リリィさん

  • 2016.11.12 Saturday
  • 05:38

 64歳 11月11日 肺がんで亡くなった。

この歳で亡くなる話を聞くとワタシもいつ死んでもおかしくないんだとドキッとする。

 

リリィみたいな歌手って今だと誰だろうと考えてみるが思いつかない。シンガーソングライターであり、かっこいい人だった。浅川マキとか今はいないタイプだ。

 

だいぶ時間を置いて役者として見ることが多くなった。その時はビックリするおばあさんになって、目を疑うという感じだった。

例えばJUJUが数十年たっておばあさん役で返ってきたという衝撃でしょうか。しかしドラマでリリィもよく見かけるようになると味のあるいい役者だと思った。

 

タバコのイメージがあるのは「ベッドでタバコを吸わないで」を歌っていたせいだろうか。多分アルバムは一枚は買っている。レコードだ。どこかにあるだろうか。

「私は泣いています」が有名だけど、「心が痛い」のサビのところは気分が落ち込むときは何度も口ずさんでいた時期があって彼女の曲ではナンバー1だ。

 

 

PR

calendar

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>

Booklog

Copied from: ブクログ -

selected entries

categories

archives

recent comment

recent trackback

recommend

links

profile

search this site.

others

mobile

qrcode

powered

無料ブログ作成サービス JUGEM