みみずくは黄昏に飛びたつ/川上 未映子、村上春樹 が面白い。

  • 2017.07.06 Thursday
  • 23:07

【本】みみずくは黄昏に飛びたつ/川上 未映子、村上春樹 が面白い。

こんな愉快になれる本は珍しい。

村上春樹は、自分の書いたもの、言ったことを忘れることが多い。というかこれからのことしか興味がない。また、彼の執筆のスタイルは精神世界に降りていき、展開される景色を描写していくスタイル。悪くいうと行き当たりばったり。

これに彼の熱烈なファンで、彼と彼の作品を正しく理解し、研究熱心な川上未映子がインタビューする。

その結果、

 『「あの女の子、なんて言ったっけ?」と川上未映子に問い、彼女の方が「まりえです。なんて言ったっけって(笑)」』って会話になる。最近の『騎士団長殺し』の主要な登場人物なのにもう忘れている。なので川上未映子としてはあきれるばかりで、どうしたって責める感じになってしまう。

 

『「僕はただそれを「イデア」と名づけただけで、本当のイデアというか、プラトンのイデアとは無関係です。ただイデアという言葉を借りただけ。言葉の響きが好きだったから。』なんて言うものだから

 

『「村上さん・・・あのですね、原稿を書いていて、イデアっていう単語を村上さんが打つ、こうやってキーボードで「イデア」。イデアってまぁ有名な概念じゃないですか。そしたら当然、「ちょっとイデアについて調べておこう、整理しよう」みたいなこと考えませんか?」

「ぜんぜん考えない。」

「それは本当ですか。」

「うん。ほんとうにそんなことは考えない。」』

 

村上春樹がボケで、川上未映子がツッコミというところでしょうか。こうしたやりとりのおかしさは、二人のキャラクターがあってのことで、稀有なことと思うので特別なおかしさということになる。

『「これ読んでいる人、「川上も(村上の発言を)真に受けちゃって、くっく」って笑ってるんだろうか」というほど村上春樹のボケぶりがおかしい。ワタシは天然だと思うが。

 

また、「騎士団長殺し」完成直後のインタビューで、作品の裏話が聞けるのも興味深い。まずあったのは「騎士団長殺し」という言葉と書き出しと「二世の縁」という作品のイメージだけだったそうだ。それを長い間寝かしておいて、書き始める。落語の三題噺みたいだ。しかしその時は「騎士団長殺し」はどういう形で出てくるか分かっていない。

 

『「「騎士団長殺し」という言葉が絵のタイトルだとわかったのはいつですか。」

「それはずっとあとのことです。ずっとあと(笑)。穴を開いたあとで。」

「それはマジですか。」

「マジで。」

「穴を開くまで、「騎士団長殺し」は、まだ単なる言葉だった。」

「まずは「騎士団長殺し」ってタイトルが頭に浮かんで、それから書き始めて、書き始めてすぐに、主人公は肖像画家にしようときめたのは確かです。それで彼が、屋根裏から一枚の絵を見つける。そのタイトルは「騎士団長殺し」であった。そういう流れですね。

ああ、これでなんとか話をもっていけそうだなと、そのときにやっとわかった。」』

川上未映子が思わず「マジですか。」という言葉を使ってしまったほど驚異的な話だ。何も考えないってそこまで何も考えないで、物語というのは成立してものなのかと思う。

「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」で違う話を書き出して、最後つながるのだが、これも頭の中で考えてつなげたのではなくて、自然に合体したそうだ。

 

村上春樹は巫女さんとか小説が通過する器官のようなもので、作品の中で起きている事件に意味とか考えないようにしている。考えて意味付けしてしまうと失速するので考えない。しかしそれで物語がキチンと完結していくという作用がなんとも不思議だ。

 

『「地底の世界。ここについてもちょっと聞きたいんですけれども、大丈夫ですか?」

「たぶん大丈夫だと思うけど。」

「では続けます。・・・」』

と一方的に攻め込まれてる。

最後、

『「しかしそれにしてもこれ、すさまじいインタビューだったなぁ(笑)。あと二年くらい何もしゃべらなくてもいいかも。」

「では、ぜひまた二年後に。」』

と終わるのもおかしい。

 

『「語り口、文体が人を引きつけなければ、物語は成り立たない。内容ももちろん大事だけど、まず語り口に魅力がなければ、人は耳を傾けてくれません。僕はだから、ボイス、スタイル、語り口ってものすごく大事にします。」「僕はもう四十年近くいちおうプロとして小説を書いてますが、それで自分がこれまで何をやってきたかというと、文体を作ること、ほとんどそれだけです。」』

 

と文体ありきという話が繰り返される。ある意味職人みたいなところがあるのだろう。どんな家を建てるかよりも大工としての腕が大切というようなことが。そしてどんな家になるかの部分は、物語が降りてくるので他人事のようなところがある。

 

それにしても川上未映子という人もエライ人だと思う。村上春樹も突っ込まれながらも自分の世界をうまく伝えてもらえるという確信があって、彼女をインタビューアとして選んだのだろう。村上春樹が好きな人にはたまらない一冊だ。

彼女の作品も真面目に読んでみようと思う。

【本】村上春樹翻訳<ほとんど>全仕事/村上春樹 読了。

  • 2017.06.04 Sunday
  • 23:34

【本】村上春樹翻訳<ほとんど>全仕事 読了。
タイトルどおり村上春樹が翻訳した約70冊の本の紹介と翻訳エピソードの内容。

 

好きな作家をどんどん翻訳して70冊にもなっている。作家でそこまで翻訳刷る人は珍しいとか。小説を書くのは仕事で、単純に楽しいとは言えないけど、翻訳はただただ楽しいので、時間があるとつい翻訳をしてしまうそうだ。面白い本のオススメとしては、これ以上の説得力はない。好きな作品でも自分の文体などは全く違うそうで、違う文体の中に入って仕掛けを見るのが楽しいとか。

 

後半は翻訳家柴田元幸との対談。「翻訳夜話」の延長のようで、翻訳の苦労話が面白い。間違った記述はどうするか。文章がぎくしゃくしている時はすんなり読めるように訳すのか。読みにくい文章をサクサク読めるようにするのはいけないんだそうだ。

【本】騎士団長殺し/村上春樹 に満足。

  • 2017.05.07 Sunday
  • 15:25

「騎士団長殺し第1部 顕れるイデア編:第2部 遷ろうメタファー編」を読む。1000ページ以上あって19日かけて読んだ。村上春樹の作り出す小説空間は魅力的で、ボリュームがあるので、読み終えると淋しさと達成感がある。読書というより体験に近い。

 

多くの小説家が、勝手に動き出す登場人物を追っていくという書き方をしているが、村上春樹はその典型で、しかも自分の心の中を垂直に降りていく。小説世界をライト一つで進んでいるので、ワタシたちはぞろぞろとその後ろをついていくイメージでしょうか。

 

普通のドラマとして見ると地下3メートルのところで鈴が見つかるなんて、ましてイデアとしての小人が現れるなんてさほど面白いストーリーではないのだが、村上春樹の作品では自身も意識しないまま深い意味が内包しているので、それを分析的にではなく彼の物語空間に漂っていれば愉しめる。

 

彼の作品は比喩が多い。

「部屋に沈黙が降りた。何も書かれていない真っ白な広告看板を思わせる沈黙だった。」

現実では、会話中の沈黙に広告看板みたいだと思う人はまずいない。中には不自然なまでに長い比喩があって、普通に歩けばいいものを歌舞伎でたたらを踏んで歩いてるようなところがある。この不自然さ、デフォルメが村上春樹の小説の楽しさだ。また登場人物の多くは対象物から深み意味を見い出し、ユーモアの感覚があり、クラシックなど知的な素養がある。それはすべての小説に共通していて楽しい(時には嫌われてる)ので、村上ワールドにいるだけで豊かな時間を過ごせることになる。
 

もう一つ、行動をそのまま書いた文章が好きだ。

『免色が帰ったあと、その午後ずっと私は台所に立って料理をしていた。私は週に一度、まとめて料理の下ごしらえをする。作ったものを冷蔵したり冷凍したりして、あとの一週間はただそれを食べて暮らす。その日は料理の日だった。夕食にはソーセージとキャベツを茹でたものに、マカロニを入れて食べた。トマトとアボガドと玉葱のサラダも食べた。夜がやってくるといつものようにソファに横になり、音楽を聴きながら本を読んだ。それから本を読むのをやめて、免色のことを考えた』といった行動をたんたんと並べた文章。こういう文章がとても好きなんだがどうしてなんだろう。文体なんだろうか。

【本】慈雨/柚月 裕子 が面白い。

  • 2017.04.16 Sunday
  • 23:34

 

・「本の雑誌」2016年年間1位。定年退職した刑事が妻と四国巡礼の旅に出て、警察時代のことを振り返る話がメインだが、その時、警察では幼女殺害事件が起き、旅先でその事件解決に関係していく。また巡礼中に出会う人たちの身の上話、娘の結婚話などいろんなエピソードが交錯するスタイル。いずれも人生を感じさせる深い話で読み終えるとほのぼのしみじみとして後味がいい。

 

柚月裕子って初めて聞く人で、また読みたい作家が増えた。細かい心の襞を深掘りする女性作家が最近のマイブーム。

【本】みかづき/森 絵都 がとても面白い。

  • 2017.03.16 Thursday
  • 09:03

「みかづき/森 絵都」読了。

 

子どもたちを教えるのがうまい用務員が教育に興味がある気の強い女性から引っ張られ塾を開くことになる。当時の塾は存在自体が否定的だったようだ。そこからスタートして戦後の塾の変遷を背景にした家族ドラマだ。

 

塾の話などあまり興味はないのだが、森絵都といううまい語り手がいれば舞台はなんであってもいいのだということが分かる。たくさんの登場人物が生き生きと描かれ、波乱の塾の歴史と人間模様でドラマチックにリアルに話が進んでいく。

塾についてはかなり勉強して執筆しているようで、かなりの時間を省略しながら孫の代までのスケールの大きい話になっている。抜群のリーダビリティでした。

 

アマゾンで検索したらこうしたコピーがあった。

阿川佐和子氏「唸る。目を閉じる。そういえば、あの時代の日本人は、本当に一途だった」
北上次郎氏「圧倒された。この小説にはすべてがある」(「青春と読書」2016年9月号より)
中江有里氏「月の光に浮かび上がる理想と現実。真の教育を巡る人間模様に魅せられた」

驚嘆&絶賛の声、続々! 昭和~平成の塾業界を舞台に、三世代にわたって奮闘を続ける家族の感動巨編。

【本】僕らの落語: 本音を語る! 噺家×噺家の対談集/広瀬和生 が面白い。

  • 2017.02.25 Saturday
  • 23:11

落語界において落語の今を活字化してくれる広瀬和生さんの存在は大きいですね。

今回は「桂米團治×柳家花緑」「桃月庵白酒×春風亭一之輔」「春風亭百栄×三遊亭兼好」「柳亭こみち×三遊亭粋歌」の4つの対談。

印象に残ったところをメモしとくと・・・

 

・米朝が落語とは何かという問に「おじいちゃんが孫に聴かせるおとぎ話」と答えたそうだ。業の肯定とかイリュージョンというよりはわかりやすかもしれない。

 

・花緑が弟子の教育に頭を痛めていて、師匠の墓参りに行きたいと思っても、それを弟子たちに「行け」と命令すると恐怖政治になるのでしたくない。でも行くような気持ちにはなってもらいたい どうすればいいのかと悩んでるというのが少し首をかしげるとこがあるけど、神経質な感じが彼の個性なのかもしれない。

 

・白酒の「はい、これ言ったらウケま〜す、これ言ったらウケま〜す、」みたいな感じでしゃべるのと、そうじゃないしゃべり方というのは明らかに違う。で、あんまり一言一句まで正確に入れちゃうと、それに陥りやすい。」それでなるべく決めないで話すそうだ。

 兼好も「流れ作業みたいな感じで、「はいウケた、はいウケた・・・」みたいな感じてやってるときは、楽しくないですよね。「すげぇ予定調和で今しゃべってんな、っていうときはすぐ忘れるようにしてる。ウケたときのほうが逆に忘れるっていうか」

ウケたものは忘れるようにしているというのがスゴイ。

 

・兼好は最初落語自体にあまり興味がなかったようで、高座を聞いて、こんなにつまらないのにお金になるならラクだと入ったというのがおかしい。元手がいらない仕事。原材料費はいらないし、運搬も在庫も発生しないのでラクな仕事というのも一般の仕事をした人ならでは。

 

・こみちさんは二人の子持ちで、「「今日はこれくらいで、安パイで行こう」っていう風になっては絶対ダメなんだよね。これが恐ろしいです。お客さんは安パイの私を聞きにきているわけではないから。台詞とか間違えても闘っていてほしいと思うだろうし、だから闘うんですけど日々いっぱいいっぱいだし」って落語で闘ってるという表現をしているのはここだけでした。

【本】陸王/池井戸潤 がとても面白い。

  • 2017.02.16 Thursday
  • 23:14
評価:
¥ 1,836
(2016-07-08)

「陸王/池井戸潤」を読み終わる。
池井戸節全開で面白かった。「水戸黄門」のようなステレオタイプの勧善懲悪モノってあまり好きではないのだが、池井戸さんの作品だけは許してしまうどころか夢中になってしまうのはなぜなんだろう。
 
売上が先細りの足袋屋が長距離ランナーのランニングシューズの開発に乗り出す話だ。

こうした話はみんなの協力を得てトントン拍子に大成功でしたという話ではつまらないので必ず邪魔が入る。読者が一喜一憂するようにドラマをつくっていく。その加減が絶妙だ。池井戸さんはそのサジ加減とキャラの造形とリアリィが抜群だ。機械は壊れ、原材料調達はできなくなり、もうダメだろうというところから妙案が出てくる。うまいなぁ。
 
これはドラマ化したら大ヒットだと思ったら、TBS系で2017年10月期の日曜劇場枠でするそうだ。「半沢直樹」の時間帯だ。主人公は役所広司ということで、いかに力をいれているかが分かる。
 
池井戸さんの作品はドラマでだいぶ見たけど、ドラマ化してなくて未読のものも多い。意識して読んでいこうとさっそくリストアップする。

火花/又吉直樹

  • 2017.02.01 Wednesday
  • 23:23
評価:
¥ 1,296
(2015-03-11)

『野菜を売ってても漫才師やねん。』というフレーズが印象的。その前段はこう書いてる。
『漫才は面白いことを想像できる人のものではなく、偽りのない純正の人間の姿を晒すもんやねん。』
『つまりな、欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。漫才師とはこうあるべきやと語る者は永遠に漫才師になられへん。長い時間をかけて漫才に近づいて行く作業をしているだけであって、本物の漫才師になられへん。憧れてるだけやな。本当の漫才師というのは、極端な話、野菜を売ってても漫才師やねん。』

お坊さんというのは掃除をしていも修行だし、ロックも音楽ではなくて生き方だと言う人もいる。しかし漫才もそうだとは思わなかった。

「欲望に対してまっすぐに全力で生きなあかんねん。」というのは談志が「落語とは業の肯定である」と言っていたのを連想する。業を肯定し、欲望に忠実なことが漫才道なんだろうか。
肯定も否定もできないかそう思って生きてる人もいるわけだ。笑い自体は破壊的でアナーキーなんだから過激な生き方となる可能性もある。

そこまでなくても本の中では生活のすべての場面で笑いにつながるセンスが求められ、ボケとツッコミとなっている。これは理解できる。メールを返すにしても普通に返してはいけない。

他にも求道的な笑いのあり方が色々出てくる。

『批評をやり始めたら漫才師としての能力は絶対に落ちる』
『自分とはこうあるべきやと思って、その規範に基いて生きてる奴って、結局は自分のモノマネやってもうてんねやろ?だから俺はキャラっていうのに抵抗があんねん』

『全ての芸人には自分の面白いと思うことがあるんですよ。でも、それを伝えなあかんから。そこの努力を怠ったら、自分の面白いと思うことがなかったことにされるから』
笑いに対する態度というのも真面目に取り組む人には結構シビアなものです。
他の芸人たちはこの本をどう読むのだろうか。自分たちのバイブルとなるのか、こんなもの自分でも書けるわいとなるのか。
 

芥川賞2冊

  • 2017.01.27 Friday
  • 23:15

 図書館に予約していた「火花/又吉直樹」の順番がようやく回ってくる。予約したのは2015/8/15なので1年半前。これまでで最長である。

同時に「コンビニ人間/村田 沙耶香」予約も番が来た。こちらは2016/8/31に予約したので半年ぶり。期せずして2年間の芥川賞の本を同時に手にした。偶然とは面白い。

松村雄策レビュー

  • 2017.01.19 Thursday
  • 05:34

・ロッキングオン2月号で、渋松対談を探すが今号はなし。松村雄策は脳梗塞で倒れたのであまりやらないのかな?パラパラと見ていたら、レビューのところでローリング・ストーンズのレビューを松村雄策が書いている。目次を見ると表記がない。見逃す人が多いのではないだろうか。

友達と飲みに行ってたりするとあるのでそう心配はしなくていいのかもしれない。もっとも、何か考えようとしてもまとまらないとか、飲むのも無理はできないとのこと。昔は一晩中飲んでいたが、もう無理はできない。と書いている。もうムチャはできない。

 

松村雄策は1951年生まれなので少し年上。しかしあまりかわらない。落ちていくスペックの中でそれなりにやっていくしかない。しかし、子どもまでつくったミック・ジャガーはどうなってるのだという話になっていく。自分の話からレビューにつなげるいつものスタイル。それなりに書ければまぁよかった。

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